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昼田純一

中嶋由紀子


静まり返ったホール。

拍手の後の止まった時間。

ピアニストの指先が鍵盤に重なる。

最初の音が出た瞬間、驚きが走る。

美しい。

一音一音が果てしなく美しいのである。

中嶋由紀子。

3年ぶりのリサイタルを聴きに来た。

彼女のことは20年以上前から知っている。

私はそのとき、彼女の音楽性などとても気にしていられない状態だったのだが・・・。

日本の音大と大学院をトップの成績で卒業し、オーストリア留学からいくつもの受賞歴を引っさげて楽壇に登場した彼女であった。

3年前のリサイタルでは、少し肩に力の入った演奏であったように感じた。

「感動させますよ」と言われているような気がした。

ところが今回はどうだろう。

冒頭に書いた始まりで、一気に空気に呑まれてしまった。

バロック時代の詩人とでもいうべきスカルラッティの繊細さが、戸惑うとこなく心に染みる。

いや、仕事に疲れた脳みそのひだのひとつひとつをほぐしていく。

改装直後の王子ホールの響きがそうさせるのか。

いやそうではない。

この音の立ち上がりは、疑うとこなくあの指先から伝えられてくる。

2曲目のアルベニス。

スペインの情熱性を代表する作曲家である。

しかし彼女は、叩きつけるような情熱ではなく、包み込むような優しさに充ちたパワーを与えてくれる。

前半が終わりすっかり仕事を忘れた私は、気持ち良くホワイエで1杯飲み干し、後半のプログラムに思いをはせる。

ロシアのショパンともいわれるリャードフには、いやがうえにも期待が高まる。

後半が始まる。

良い意味で、もはやクラシックではない。

私の好きな小原孝さんが弾く「弾きがたり」を聴いているようなポップス感。

いや現代のクラシックって、こうでもいいんじゃない? という風情である。

最後のスクリァビンは、どこからみても立派な構成の曲。

ここでも彼女の優しさが映える。

パワーの中にも情感のこもった音楽には、もはや安心感さえある。

3曲のアンコール、うち最後の曲は文字通りのサービスであったらしい、まで含めた90分。

明日の活力になったことは間違いない。


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